1963年3月9日福岡県北九州市生まれ
本名 木原龍太郎
6歳からピアノのレッスンを始める。
小学生の時、親戚の家で「はっぴいえんど」の『風街ろまん』を聴き
ロックに興味を持つ。やがてバンド活動開始。
地元北九州で「ルースターズ」のフロントアクトなどを務めるようになる。
当時はギタリスト。
1984年「ルースターズ」のべーシストだった井上富雄らとともに
「ブルートニック&ザ・ガーデン」(ブルートニックの前身)を結成。
担当はキーボード。
渋谷のライブハウス「ライブ・イン」を活動の拠点として、モータウン
サウンドを基調に2人のブラスを取り入れた当時としては十分に洒落た
サウンドで好評を博した。
1985年から約1年間、バンドの活動と並行して大江慎也の抜けた
「ルースターズ」のキーボードをサポート。
2004年発売のCD DVDボックスセット『VIRUS SECURITY』(コロンビア)
にはこの頃の未発表ライブ音源やビデオ映像が収録された。
1987年「ブルートニック」テイチクノンスタンダードレーベルよりデビュー。
12inchシングル2枚、フルアルバム2枚、
コンピレーションとライブアルバムそれぞれ1枚ずつを残し89年解散。
1990年「オリジナルラヴ」参加。
1991年東芝EMIから1stシングル『DEEP FRENCH KISS』でデビュー。
また2枚組ファーストアルバム『LOVE!LOVE!&LOVE』はその年の
日本レコード大賞アルバムニューアーティスト賞を獲得した。
「オリジナルラヴ」には幾つかの詞と曲を提供したが、
特に2ndシングル『月の裏で会いましょう』
(フジテレビ系ドラマ バナナチップスラブ主題歌)、
3rdシングル『ヴィーナス』(ブティックJOY TV-CM)、
4thシングル『サンシャインロマンス』(カシオ20bar TV-CM)の作詞を
担当。メジャーにおける初期創成期の重要な役割を担った。
1994年4thアルバム『風の歌を聴け』リリース。オリコン初登場1位を記録。
1995年5thアルバム『Rainbow Race』リリースを最後にバンドを脱退。
以前より行っていた他アーティストのプロデュースやアレンジ。
詞や曲の提供などを本格化させるようになる。
幅広い音楽観、時代を掴む斬新なアプローチ。
聴く者の胸を打つ、ならではのサウンドプロダクションは各方面から定評を
得ている。また自身が詞を書けることから必要に応じ、アーティストの言葉に
ほんの少し手を加え、違った風景を提示するといったプロデュースワークも
各アーティストの信頼を得ている。